参加者ディスカッション
会場:姫工大環境人間学部F101講義室
コーディネータ:田原直樹・姫路工業大学自然・環境科学研究所教授

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(田原)・・・決めた結論は、皆が決めることとさほど変わらないのではないか。もしくは、そこで行われる議論では、皆が不思議に思うような疑問がかなり出るのではないか。要するに、ぼくらの代わりに頑張ってくれる人、社会の縮図を作ろうという話しではないかな、と思いました。若松先生、正しいでしょうか?

(若松)すごくよくまとめられています。行政等につなげていくことになると難しいのですが、議論したら何ができるか、どういうことがでてくるのか、ということをやるので、今おっしゃった通りです。

(田原)例えば遺伝子治療の場合は、そもそもわからないことですから、「何が起こるか」を議論しても、社会全体で起こることとあまり違わないのではないでしょうか。ところが、「地域とコンセンサス会議」で、地域やまちづくりの問題になると、誰が専門家であるかがわからない。例えば、流域下水道だと、土木屋さんに来てもらって下水道をつくるとこうなる、ということを勉強する。このようなそのままコンセンサス会議の課題になりそうなものもあるが、そうでないものも多い。皆さんいろいろと思っておられることもあると思いますので、疑問を若松先生にぶつけてください。

(参加者)地域でのコンセンサス会議ではテーマは大変重要のようです。専門家がいるか、市民が学習することによっていろいろな意見がいえるようになるかどうかが重要ですが、この地域では、飛行場という問題があるのですが、声の大きい、抑え込みにかかる、といったことがあるので、テーマとしてはまずいですか?最初に考えた空港と違い、実際に利用できるかな?といったものになりつつあるが、計画の段階ですが動きだしています。それに対して「ちょっと考えよう」という動きもある。対立軸がはっきりしすぎているので、ケンカを売っているようになってしまうのでしょうか。

(若松)コンセンサス会議は、ホットになりすぎて冷静な議論ができないものは避けた方がいいと言われています。空港を作るにあたり異議や反対を唱えている人が一定数いるのですね。行政の側は、無視しているのでしょうか?もし無視していないなら、これを提案するのは可能です。できれば、行政と共同で主催できればよいが、「反対するためにやっているのだろう」といわれる可能性があると難しい。ここに仕掛けが必要。「これは大きな課題である」ということを共有して、そこにとどまってやってみましょう、という組織ができ、その組織が行政とかかわれるのであれば、できます。ただ、どこまで冷静な議論ができるかが難しい。冷静な議論をするための仕掛けを作れば大いに可能だと思います。反対運動のためにやるのではない、ということを明確にしないと、市民参画が成立しません。ダイレクトに決定に結び付けるとなると行政はノーというので、みんなの議論のためにやっているという形にすれば可能性は高くなる。
この夏以降、某省のプロジェクトとして遺伝子組み換え農作物をめぐるコンセンサス会議が全国レベルで行われます。彼らの心配は「自分たちの方針と違うことになったらどうしよう」なので、落としどころを決めてそれに向かって議論する。「落としどころのない議論をしよう」というのが市民参画なので、それを認めてもらう必要がある。決定と直接リンクさせることには行政はノーと言う。でも参照意見、とするならばなんとかなる。遺伝子組み換え農作物については実際かなり研究されているが、一般の人から「どういう研究をしたらよいかテーマを募集する」プロジェクトです。いろいろな意見がでても、それをそのまま決定に結び付けることはせず、研究のテーマ決定に使えばよい、つまり市民パネルの意見に縛られない、ということで私は説得しました。
空港の問題でも、行政は結果にしばられないことを前提にしなければならない。でもみんなが議論できるようになるにはこれは必要なのだ、と主張すればできると思います。

(参加者)市民パネルは素人であり、専門家がいて、専門知識がある、というのは、科学技術が対象の場合はすんなりいくと思うが、まちづくりに展開する時は、専門家がない、あっても思想的な部分が入る可能性がある。空港問題については、すでに「作る」「作らない」の2つのコンセンサスができていると考えています。これをまた議論するのは、コンセンサス会議の発想にはあわないのではないか。白紙の状態にいろんな専門知識をほうりこんで、1つの結論を作るやり方なのに、2つのコンセンサスを真っ向から議論させて1つの結論に持っていくことはなじまないのではないでしょうか。
もう1つ。やる以上は何らかの形で行政に反映できるものであってほしいと思います。みんなで議論しても、行政側に「わかったけど路線は変えません」といわれるとつらい。やはり、行政や議会を巻き込んでやらなければいけないので、何らかの形で反映してもらいたい。

(参加者)遺伝子治療のテーマなど、私たちに大きく関与することが、なにも知らされないままプロが決めてしまっている。その意味で素人も勉強でき、専門家も説明ができるコンセンサス会議はおもしろい。ただ、科学技術と違い、地域のことになると、素人が勉強して出した結論と、行政を左右する力とを結びつけるのは無理があるように思う。15〜6人で足るのか、人選はどうするのかをもう一度練り直す必要があるように思います。

(若松)繰り返しになりますが、コンセンサス会議は会議の方式にすぎません。どう使うかは別の問題です。決定になにかの関与を与えることができれば理想だが、それでも15〜6人が100人になったとしても、100人は「代表」ですか?地域の総意と言えますか?2つの対立意見があることをやっても仕方ない、というのもわかりますが、もう一度元に戻って問題を考え直して見よう、ということもできます。さきほど、あえて「決定につなげることには縛りをかけない」と言ったのは、日本社会ではこういうやり方で問題を考えた経験はない。政治的な討論をやって行政をかえてしまえるほど、皆さんは力をまだお持ちでないと思います。

(参加者)一般の人の意見を聞こうとするコンセプトには非常に共感できます。会議の存在もまだ知られていないので、真面目に実績を積み重ねていくこと、多くの人を巻き込んでいくことが大切でしょう。そうすれば行政にも威力を発揮できるのでは。空港問題は実績が積み上げられた後に取り上げてもよいと思うので、最初は誰でも入れるような幅広い、かつ奥行きのあるテーマがよいでしょう。会議のプロセス・結果はインターネットで公開されるそうだが、会議の進行中は一般の人は傍聴できるのでしょうか?

(参加者)デンマークと日本では国民性が違う。デンマークは公けを大切にし、個人をころしてしまうと言われているが・・・また、コンセンサス会議はもっと客観的な仕組になっているのではないでしょうか。結論や提言よりも、大切なのはプロセスで、プロセスをきちんと示しておかないといけないように思います。また国語審議会が、「コンセンサス」という言葉を使うかどうか議論しているが
どう思われますか?

(参加者)地域の問題を取り上げるときに、工夫の必要な点が2つあると思います。範囲が狭くなればなるほど利害関係者が市民パネルに入ってくる可能性がでてくるが、排除するべきかどうか。また、一回きりの国レベルの行事ではなく、地域で取り組むとき、お金や労力をかけずに行うにはどうすればよいのか。

(参加者)コンセンサス会議の手法は、業績を重ねて世間一般から認められる手法にならなければいけない。ただ、行政が新しい会議の手法を自分たちの「アリバイ」作りに利用してしまう例もあるので、運営事務局が独自のルールを作ればよいというお話しでしたが、日本版の新しいルールを確立させた方がいいと思いますが。

(若松)ルールについては、一応の標準スタイルがあればいいと思います。ただ、ルールはいつも明確にしておかなければなりません。また、今日は時間がなくて他の方法を紹介できなかったのですが、コンセンサス会議にこだわる必要もありません。利害関係者がはいったらどうする?という問題では、逆に利害関係者ごとに集めてしまう方法もあります。フューチャーサーチという方法では、8つぐらいの利害関係者集団から8人づつ、64人集めます。実績については、ヒトゲノムについても某省が始めており、これからも積み重なっていくでしょう。公開については、プレスリリースはやりますが、市民パネルの議論以外はオープンです。「コンセンサス」という言葉については呪文だ、会議方式の名前だと思ってください。私たちは「市民の会」といっていますが、それでもコンセンサス会議の手法を使っています。国民性の違いについては、おっしゃるとおりで、デンマークの人は話し合いが好きで、上手です。しかし、他の国でもできましたので、この方式には一定の普遍性があると思います。もっとも日本人に3泊4日で、というのは無理なので、週末を数回、と変えましたが、基本コンセプトは日本でも使えます。しかし、皆さん議論できますので心配いりません。